名前 藤林 恵子(ふじばやし けいこ) HN:けこりん
職業 英語教室の先生、英語教材の製作、英語セミナー講師、ときどき執筆
住所 横浜市栄区
出身 京都市
資格 通訳案内業(通訳ガイド)資格、中高英語教師免許、英検1級
趣味 昔はいろいろかじりました・・・テニス・お茶・ピアノ・フラワーアレンジ
メント・トールペイント・フランス料理・・。
今はインターネット、たまの旅行のみ。
星座 てんびん座 → 2つの相反する性格をもつ・・・のだそうで(^^)。
血液型 A型 → しかしま〜ったく几帳面ではない


英語学習歴を中心に自己紹介します

小学校〜高校 

父が中学校の英語教師だったので、小さいころから父の気まぐれなペースで英語を
やったりやめたり。母は小学校の先生。高校時代、京都のノートルダム女学院で
「プログレス・イン・イングリッシュ」を使った授業をみっちりうけて、英語に
開眼。放課後英会話スクールに通う。

大学時代 

めでたく上智大学外国語学部英語学科に入学。「在日邦人」(海外経験ゼロの人)と
いう言葉があったほど、周囲には帰国子女や留学経験のある人が多く、なんだか
自分がとても田舎モノに感じた入学直後。

ECHOという英語学科サークルとサービスエースというテニスクラブに所属。
でもテニスは一年ちょっとでやめて、かわりにSMPという英語劇団に入る。

1年生の成績はなぜかオールAで奨学金をいただく。
・・・といっても5万円分の図書券(笑)。

2年生の夏は、はじめてアメリカへ団体旅行。吉田茂記念財団から奨学金をいただき
カリフォルニア大学デイビス校へ。広々した緑のキャンパスがうれしくてうれしくて。

たった一ヶ月じゃ足りなーい!このとき一年間の交換留学を決意。英検1級を取得。

そして3年生の夏、夏休みに地方の中学校を借りて現地の中学生に英語を教える企画
「STP」に参加。石川県の小松までいって、初心者マークの学生先生を楽しみました。

思えばこれが私の先生事始めだったのね・・・・。


小松から実家の京都に帰って東京にトンボ帰りし、ミズーリ州立大学コロンビア校
一年間の交換留学。今思うと、超心配性な両親が一人娘をよくぞ出してくれたと感謝!


初めての寮生活第一日目の夜に早くも寮から夜パジャマ姿でロックアウトされるという
ドジをふんだ私。それでも広大なキャンパスを歩きながら、誰も私のことを知らない
いう事実がなぜか新鮮でうれしかったのを覚えています。勉強も目いっぱい、遊びも
旅行も目いっぱい、青春してたんですねぇ。翌、4年の6月、教育実習に間に合うよう
に帰国。

母校の教壇に立ちました。そして卒業。


社会人になってから

OL時代は、役員秘書として社会人のいろはを学びました。思えばお給料をいただき
ながら、いろんなことを教えてもらいました。バブルの時代、高級レストランによく
お供させてもらえる特典も。(ああ、今やファミレスでさえ節約するのに)


それでも、やっぱりやりたいこととはちょっと違うと2年で退社。
通訳ガイドの国家試験に合格。やったあ、とガイド研修なぞも受けたものの、円高で
ガイドはだぶつき気味。

そこで、日本外国語専門学校に非常勤講師として就職。

ガイド試験でお世話になったハロー通訳アカデミーでも英検をしばらく担当していま
した。


自宅で英語教室

出産で仕事は中断。長男が入園する春に自宅で英語教室を開きました。今までと違い
ご近所や地域との関わりが大切と実感。クラスは1年目にしては上出来だったと思い
ますが、なんといっても大変なのが生徒募集。

集合住宅にチラシを投げ入れるのもドキドキ。チラシ配りにも挑戦してみましたが、
小学生だと受け取ってくれても、ぽいっと捨てる子が多くゴミ袋持参、お母様だと
胡散臭そうな目で見られてしまうこともあって・・・。

幸い今は口コミで来ていただけるようになりました。


アメリカへ 


ところが教室をはじめて一年で、アメリカ転勤に。折角来てくれていた生徒さんには
お詫びを言って、ニューヨークの郊外、コネチカット州のグリニッチに引っ越しまし
た。すばらしい環境の町でした。


そこで息子は、プリスクール、キンダー、エレメンタリーと、現地の教育を受けました。

本人はもとより、私にとっても貴重な貴重な体験でした。

滞在中に、二人目の子供にも恵まれ、 アメリカで出産まで経験できました。

お産も、子供の遊び相手を探すのも、幼稚園選びも買い物も習い事も、大小さま
ざまなトラブルの解決も、英語と度胸なくしては進まないという毎日。

楽しく忙しく贅沢な日々だったなあ。


再び英語教室 

そして5年の滞在を終え、2001年3月に帰国。ほどなく娘のお友達を中心に、
自宅で英語教室を再開しました。児童英語教師のユニークな仲間とも出会い、
ワークショップなどにも積極的に参加。

生徒さんも順調に増えていきました。


さらにインターネットの世界へ 

2003年

教室ホームページを開設
インターネットが第3の人生のスタートのきっかけ、かな(笑)。

2004年

アルクから出ている月刊誌「こども英語」の2004年1月号「こども英語先生
インタビュー」
として、3ページの記事を載せていただきました。

プロのライターさんとカメラマンが自宅に来てくださって、ワクワクしました。

2005年

ある方のメルマガで情報起業という世界に興味を持ち、非英語系のセミナーと
いうのに足を踏み入れてしまいました(笑)。ネット関係のお友達がぐわ〜んと
増えた時期・・・。

メルマガ発行者、E-book(電子書籍)著者、アフィリ成功者・・・・
非常に貪欲な人たちばかり。

この年、その後の私の方向を決める貴重な出会いがたくさんあったように
思います。

7月にメルマガを出す方にまわりました。
「けこりん英語教室〜子供の英語力を楽しく伸ばす!」

メルマガは書くのはブログの10倍大変ですが、徐々に読者さんが
増えていくのがホント〜〜にうれしかったです。

9月にはミクシィというソーシャル・ネット・ワーキングサイトで
こどもに英語を教えたい(旧:児童英語教師を楽しむ会)」というコミュニティを
作りました。

11月 2度目の舞台での教室発表会が無事、成功に終わりました。

2006年

のちに「チャンツでポン」誕生に結びつく作曲家のTさんと出会い、コラボで仕事を
しようと決定。とにかく忙しくなってきて・・。

2007年

2月 「チャンツでポン!リズムでおぼえる英会話」が完成。

首都圏でセミナーをしはじめたところ、なんだかこれが好評ではまってしまい(笑)
全国行脚がスタート^^。

順に書くと、横浜、大阪、札幌、千葉、東京、埼玉、鹿児島、福岡、沖縄、東京、
横浜、名古屋、京都、 山形、仙台、東京、静岡・・・・あ、数えながら書いて
ました(笑)。

・・・現在(2008.7月)までに17回やってました!(笑)  

11月の発表会は特別な思いがあります。はじめて完全オリジナル台本での
舞台発表会。チャンツでポンを土台に、めちゃくちゃがんばりましたねー。

現在、その発表会DVDとセミナーDVDを販売しています。

2008年

4月からは、アルク月刊誌「子ども英語」の巻頭クイズの連載も担当中。

メルマガはまぐまぐ殿堂入りで4年目を迎えました。
初回は100人足らずの読者さんが、4000人を超えました。
もうホントにコツコツ、コツコツでした。


ミクシィは「こどもに英語を教えたい」のほか、「小学校英語を楽しむ会」と
「チャンツでポン!英会話クラブ」の3つのコミュの管理人。

管理人のお仕事は、いい勉強になります。
ホントにいろんな意見があり、いろんな情報が集まってくるのが
日々見ていてわかるのですから。


そして7月末、新教材「ダンスでポン!踊っておぼえる英語の歌」を発売。



・・・長っ!!ここまで読んだ方いらっしゃる?(笑)

いろんなことがある、けど「きっとよくなる!」
まぁ、そう信じて生きていきましょう。


占いが結構すきです。

前世は「浪人」です。
勘を頼りに生きています(笑)。


最後まで読んでくださった方ありがとうございまーす!!

これからもどうぞよろしく♪


2008.7.27

けこりん